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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(あ)2523号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

検察官花井忠名義の上告趣意について。

原判決は被告人の本件狩猟行為が刑法二一一条の業務にあたるかどうかの点について「刑法二一一条にいわゆる業務とは、人が継続して或事務を行うにつき有する社会生活上の地位であって、その自ら選定したものを言い、その事務の公私孰れであると、報酬利益を伴うと否は何等関係はないが、娯楽のために行う者の狩猟行為は、たとえ、それが、狩猟免許者の行うところであるにしても、右にいわゆる業務に該らないことは、夙に大審院判例(大審大正八年(れ)第一七〇四号大正八年一一月一三日第二刑事部判決)が、趣旨として示しているところである。」と説示した上「本件狩猟は、一一月二三日の勤労感謝の日に娯楽のためにこれを行ったものであることを窺い得るものはあっても被告人が、狩猟を前示冒頭にいわゆる業務としていた事実は、これを証拠上確認するに由がない。」と判断しているのである。ところで右大審院判決は刑法二一一条の業務について原判決と同趣旨の説示をした上「而シテ狩猟ハ之ヲ業務トスル者ノ外尚業務ニアラスシテ娯楽ノ為ニ之ヲ行フ者ノ存在スルハ言ヲ須タサル所ニシテ……従テ或者ノ狩猟行為カ某者ノ業務ナリヤ否ヤハ狩猟法ニ関係ナキ純然タル事実問題タルヤ疑ヲ容レス」と判示しているのである。したがって、原判決の判断は右大審院判決と同趣旨に帰するのであって、これと反対の見解に立って判例違反を主張する論旨は理由がない。

次に論旨引用にかかる貨物自動車運転手が、その業務たる貨物輸送の余暇における自動車操縦中に惹起した事故に関する大審院判例(昭和一三年(れ)一三四〇号同年一二月六日第三刑事部判決)は、貨物自動車の運転手たる業務に従事する者に関するものであって、本件に適切でない。

しかし、職権で調査するに、刑法二一一条にいわゆる業務とは、本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であって(昭和二五年(れ)一四六号同二六年六月七日第一小法廷判決、集五巻七号一二三六頁参照)、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるものであることを必要とするけれども、行為者の目的がこれによって収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わないと解すべきである。従って銃器を使用してなす狩猟行為の如き他人の生命、身体等に危害を及ぼす虞ある行為を、免許を受けて反覆継続してなすときは、たといその目的が娯楽のためであっても、なおこれを刑法二一一条にいわゆる業務と認むべきものといわねばならない。

本件において、被告人が昭和二七年一〇月二〇日附東京都発行第七七六七号乙種狩猟免許状を有して狩猟に従事していたものであるとの第一審判決判示事実は、原判決もこれを認めているところである。そして第一審判決挙示の証拠中被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、被告人は昭和一一年以来一〇数年に亘る狩猟家としての経歴を有し、その間昭和一一年当初は田無猟友会員に、本件当時は武蔵野猟友会員になっており、昭和一六年は応召のため又昭和二五年二六年は仕事の関係で休んだ外は、毎年狩猟免許を受けて狩猟を続けて来たものであり、本件当時においても、自己の猟犬を使用して狩猟行為をしていたことが認められ、被告人が反覆継続の意思を以てこれを反覆継続していたことが推測されるのである。これらの事実関係に徴すると、被告人の本件狩猟行為は、これを刑法二一一条にいわゆる業務と認定するのが相当である。

然るに、原判決が、娯楽のために行う者の狩猟行為は、たとえ、それが狩猟免許者の行うところであるにしても、刑法二一一条にいわゆる業務に該らないという見解に立ち、被告人が狩猟をいわゆる業務としていた事実は、これを証拠上確認するに由がないとして、被告人の本件所為を刑法二一一条の業務上過失傷害の罪に問うべき場合でないと判断したのは、刑法二一一条の解釈を誤りひいて判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認をおかしたものであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するといわねばならない。

よって刑訴四一一条一号三号、四一三条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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